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ハリウッド映画の弊害

インターフェースソフトウェアデザインで有名なニールセンさんの記事で、「そう!それっ」と思ったので、記事を書いてみる。

要約すると、映画に出てくるコンピューターのインターフェース(画面のデザインや操作方法)が「変だ!」「ありえない!」という10個の例を挙げている。「映画に出てくるコンピュータは、使う人ではなく、観客のために設計されているのだから、しょうがない一面もある。」といった感じかな。

TORITORIも、そういったエンタメ向けの派手なインターフェースに、けちをつけるような野暮はしないが、結論のところで問題にしていることの一点にはとても共感した。

映画に出てくるヒーローがいとも簡単にコンピューターを使いこなしてしまう事の問題だ。はじめてみるソフトウェアをいとも簡単に使いこなし、ピンチを切り抜けるヒーロー達。この結果、コンピューターでトラブルにあったユーザーは自分の能力のなさが原因だと思い込んでしまう下地を作っているというのだ。WindowsをMacを、そしてUnixを知っていたとしても、その上で動いているソフトウェアを使うためには、そのソフトに関する知識が必要になり、学習期間が必要になる。だから、もし、そのソフトを使ってトラブルにあったとすると、責められるべきは、ユーザーではなく、ミスを誘発するようなソフトウェアのデザインの可能性もあるはずなのだ。

車の運転席は、ミスを防ぐように進化してきたはずである。また、ミスを防ぐために奇抜なデザインは避けられてきたはずである。その結果、どのメーカーの車に乗っても、運転できる。一方、コンピュータのソフトウェアは、目的が大きく異なるものが多いのと、歴史もまだ浅いため、そのデザインが収束してきているとは言い難い。

コンピューターを使ってトラブルに遭遇しても、自分を責める事なかれ。TORITORIは自分でソフトウェアを作っているので、自分を責める。これは、日々の精進である。

TORITORI

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